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4  エチレンからベンゼンは生成するか                         片田直伸(正会員)
 2014年度大学入試センター試験で触媒化学に関係する出題があったこと は非常に喜ばしいことです.しかし筆者は設問の趣旨にやや疑問を持ちました.出題ミスであるというような主張ではありません.このような趣旨の問題が教育 的に有効かどうか,やや疑問を持っている,ということです.
 以下の2014年度センター試験 化学I 問5 a をご覧ください.ここでは,下線部が適当でないものを1つ選ばせています.



 この実験ではエチレン(エテン)が主に捕集されると解するのが正解です.そして,1から4は全て明らかに正しい記述です.入試センター発表の正解は5なので,「ベンゼンになる」が適当でないことになります.
  しかし,エチレン3分子が重合(ただし縮合:縮合は重合に含まれると 解すると)してベンゼンとなることはあります.たしかに,エチレンを3分子重合させると普通の触媒(何が普通かよくわかりませんが)ではヘキセンがベンゼ ンより多く生成しますが,ZSM-5ゼオライト系の触媒は多くの炭化水素からベンゼン誘導体を選択的に生成し,条件によっては,無視できぬ量のベンゼンが エチレンから生成します.
  例えば,エチレンをZSM-5ゼオライト系の触媒に接触させた際の生成物中のベンゼンの存在を報告した次の論文のFig. 4 と Fig. 5をご覧下さい。

http://dx.doi.org/10.1016/S1387-1811(01)00385-7 V. R. Choudhary et al.,  Micropor. Mesopor. Mater., vol. 47, p. 253 (2001)

ベンゼンは比率は少ないが生成していることがわかります.これは触媒の業界ではたぶんよく知られていることで,またエタノールの有効利用の一環としてこの分野で今後学ぶべき現象のように思われます.

 高校の化学では「アセチレンは鉄を触媒としてベンゼンになる」と教えて いますので,これはアセチレンとエチレンの区別を意識した問題のように思われます.しかしこの問題文には「アセチレン」も「鉄」も登場しません.この問題 の要求していることは,「エチレンが重合してベンゼンになるか」という課題に対し,素直にエチレンがベンゼンとなる可能性を考察するのではなく,「ベンゼ ンになるのはアセチレン」という反射的な答えを用意せよということのように思われてなりません.教育的観点からは,このようなことを目標とするのが高校化 学のゴールたるセンター試験でよいのか,という疑問を持ちます.
 この問題では成分を限定せず「触媒」と書かれています.触媒化学者とし ては触媒は反応を促進・実現することにおいて平衡に反しない限り無限の可能性を秘めていると考えるべきだと思っていますので,この観点からも「触媒を用い て***ができる」という文章を否定する設問はそもそも教育的でないと感じます.これは言い過ぎかも知れません.
 書き加えますと,指導要領その他に縛られながら大学入試の問題を作るの は非常に困難で,筆者も同じ立場に立たされたならば似たような問題を出すような気もします.したがって,現在の情勢におけるこの問題の適否を問うものでは ありません.触媒化学の世界の一隅にいる者として,このような出題とならざるを得ない入試制度に対する意見も含めて,皆さんのお考えを伺ってみたいと思い 投稿しました.



4-1  コメント     難波征太郎(正会員)

 片田先生はベンゼンからエチレンが生成するので、この問題のセンスに問 題があるとしていると思います。しかし、この問題は3分子のエチレンが重合すると何になるかを聞いているわけです。重合した場合は化学量論的に、ヘキセ ン、またはシクロヘキサンになるはずです。一方、エチレンからベンゼンが生成する反応は重合を含んでいるとしても、重合とはいいません。したがって、私見 としてあまりよい問題とは思いませんが、議論すべきほど問題を含んでいるとは思いません。



4-2  コメントに対する意見   
 片田直伸(正会員)


難波先生,ありがとうございました.

>「エチレンからベンゼンが生成する反応は重合を含んでいるとしても、重合とはいいません。」

実は,ここは私も気になってあらかじめ調べていました。

高校の教科書では,
                      カルボン酸+アルコール→エステル+水
のように,簡単な分子が取れて新しい共有結合が生じて1つの分子ができることを「縮合」と呼び,縮合が連続して高分子化合物をつくることを「縮合重合(縮重合,重縮合)」と呼ぶと説明されています。
また,IUPACでは
"Polymerization by a repeated condensation process (i.e. with elimination of simple molecules). " を "condensation polymerization (polycondensation)" と呼ぶことになっています。[http://goldbook.iupac.org/C01237.html]

「縮合重合」や"condensation polymerization"は「重合」や"polymerization"という言葉を含んでいるけれども「重合」ではない,あるいは「3分子を重合 させると」と言ったときには縮合させてはいけない,と解釈すれば,難波先生のお書きの通りです。しかし,私にはそうは思えません.「縮合重合」は「重合」 に含まれるというのが素直な読み方のように思えます.またIUPACの定義にしたがうと縮合重合は重合の一種であることが明白です。



つぎに「縮合」の問題ですが,ふつうの化学者の感覚では,カルボン酸とアル コールの脱水によるエステル化は縮合だと思えますが,オレフィンが重合して脱水素してベンゼンになることは「縮合」という言葉にしっくりこないことは確か です。しかし,小分子の脱離を伴う分子の形成,という縮合の定義にはかなっています。

以上から,「エチレンが3分子重合してベンゼン」という表現は,ふつうの化 学者の感覚からは違和感がありますが,高校化学,ないしはIUPACの定義に則った説明では,間違いではない,と考えられます。したがって,「エチレンか らベンゼンが生成する反応は重合を含んでいるとしても、重合とはいいません」が理由で,この出題を是とするのには反対です。
しかしふつうの化学者の感覚では違和感がありますから,選択肢の中で最も不適当なのがこれだという点では,この出題は(センスも含め)間違っていないのかも知れません。



4-3  コメントに対する意見についての反論    難波征太郎(正会員)
片田先生、コメントに対するご意見をありがとうございました。

ご指摘のように、縮合というのはアルコールとカルボン酸からエステルと水が生成するような反応で、簡単な分子が外れることにより二分子間に新しい結合がで きるという反応です。エチレン3分子からベンゼンが生成する反応を縮重合と見なすと、エチレン3分子からベンゼンと水素3分子が生成すると言うことになり ます。よほど高温ではないと、この反応は熱力学的に不利な反応ではないでしょうか。さらに重要なことは、水素が外れることによりC−C結合が新たに生成し ているのかどうかということです。エチレン2分子からブタジエンと水素が生成する反応(酸化脱水素的ではない)が進行することは知られていないと思いま す。H-ZSM-5触媒上でエチレンからベンゼンが生成する反応は、重合に引き続く脱水素(実際にはカルベニウムイオンによるヒドリドの引き抜きと脱プロ トン)によると思います。すなわち、C-C結合の生成に脱水素は直接かわっていません。結論としては、エチレンから重縮合によりベンゼンが生成する反応の 反応式は書けますが、縮合が起こっていると言うことは現実的ではないと思います。

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