私にとっての触媒との出会い

 触媒という言葉の意味は,なんとなくわかって,完全にはわからないものです.私が初めて触媒に出会ったときも,触媒とは『化学反応を起こすとき,反応物質以外のもので,それ自身は化学変化を受けず,しかも反応速度を変える役目をする物質』と教わり,自分では,理解できたつもりでいました.しかし,この教科書的な解説では,教えてくれた先生も,生徒に理解させたという自信が持てないようです.したがって,触媒の解説本では,多くの化学反応が例示されることになります.ここで,"多くの化学反応が例示される"と,断ったのは,化学反応の種類によって使われる触媒が違うからです.これがまた触媒の理解を邪魔している理由でしょう.「触媒とは」にも,代表的触媒物質,触媒反応の機作について上手な説明がなされています.各種の便覧を紐解くと,反応の種類と,対応する触媒が数百ページにわたって掲載されています.

 今日,触媒作用が認められている物質には,気体状のもの,液状のものもあり,もちろん固体触媒は商業触媒の中心的存在です.触媒反応自身は,われわれが科学的知識を獲得する以前から,自然界の反応でも起こっていましたし,なによりわれわれの体内の複雑な酵素反応も触媒反応です.まして,産業界で利用される化学反応は,反応速度を上げる(反応器サイズを下げる)目的で,その大部分は触媒反応と言ってもいいほどです. こうなると,私の若いときの苦い思い出"あれも触媒,これも触媒.あれも触媒反応,これも触媒反応.それぞれはみなその中身が違うでは,もう嫌になっちゃう!"が偽らざる気持ちでしょう.

 ここでは,不正確になりますが,詳細部分は敢えて切り捨て,産業社会的に重要な触媒を摘み出してみることとします.すると,それはある種の形に成型された(反応効率を上げたり,取り扱い易くする)固体触媒であることが多くの場合です.大きさや形は,さらさらと流れる粉状のもの,丸薬のような丸いもの,折れた鉛筆の芯のような円筒形のものなどいろいろあります.

 これらの内部には,反応分子が入っていく無数の細孔が開いているといいます.しかし,その細孔は小さくて見えません.見えないほど小さな孔が無数にあいているので,その細孔で構成される表面積は非常に大きなものとなります.通常,細孔直径は小さいもので1 nm,大きなもので100 nmぐらいです.この孔に入って行って,反応する分子の大きさが,これより小さいので,これくらいの大きさが選ばれるのです.

 私が初めて触媒に出会ったとき,この細孔で構成される触媒の表面積Sは,(1)式で表されると習いました.当然ながら,細孔直径Dが小さくなるほど,Sは大きくなります.

(1)式
S: 比表面積
V: 細孔容積
D: 細孔直径

 (1)式より,Vが0.4 cm3 / g = 4×10-7 m3Dが10 nm = 10-8mの脱硫触媒1 gが持つ表面積は160 m2にも及ぶと計算されます.脱硫触媒1 gがもつ表面積は,高級住宅地の敷地面積ほどにもなります.まして,活性炭触媒やゼオライト触媒のように,Dが1 nmと小さくなると,1 gあたり1600 m2にもなります.事実,窒素吸着法で測定した表面積もほぼこの数値を示しますが,私には,実感を伴いません.

 それは,この式が誘導される模型図によって,悪い頭が,さらに混乱させられたことにもよります.上記の触媒表面積,細孔直径,細孔容積の関係は図1の触媒細孔モデルを使って説明されました.

 この円筒状の細孔が持つ

表面積 (2) と

円筒体積に相当する細孔容積 (3)

の両式からLを消去すると,先ほどの(1)式が得られます.この式は,石油の重い留分(分子が大きい)を反応させる触媒を設計する際には,特に重要な関係式となります.

 この細孔モデルによって,触媒の内部構造について,私が勝手に描いたイメージは,ちょうど地中に作られた蟻の巣のようなものでした(図2).

 触媒物質の中に細く長いトンネル状の孔を,しかも行き止まりのトンネルを想像した私は,「触媒というのは,どうしてこんなにうまく,反応を進行させるのか」と半分疑問に思い,しっくりしないまま卒業してしまいました.私が勝手に頭に描いた想像図ですから,誰も修正してくれないまま,後年,会社で触媒を設計する立場となりました.

 後述するように,会社に入って20年後に,この触媒内部構造のイメージが白黒反転するほど変わりました.それは,科学技術の進歩で,目に見えなかった細孔が見えるようになったからです.


(C) Catalysis Society of Japan 2007
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