3←3−1
3←3−23−33 – 4
3←3−23−33 – 53−63−73−83−9
3  Re触媒を用いたベンゼンの選択酸化によるフェノール合成

御園生 誠(名誉会員),田中虔一(非会員),難波征太郎(正会員)

岩澤 康裕、唯 美津木氏らは、2005年、触媒反応の夢の一つとされるベンゼンと酸素分子から直接フェノールを合成する“画期的な触媒”(Reゼオライト系)を開発した と発表しました。ただし、いまだ再現に成功したとの報告は目にしません。その後、触媒討論会等で反応機構、分析法、触媒調製法等について議論がありました が、以下に述べるように重要な論点があいまいなまま残っていると考えます。
 同氏らは、『30年の壁をついに超えた新型触媒の開発―分子状酸素によるベンゼンからフェノールの直接合成の道を開いたー』と題して東京大学大学院理学 系研究科プレスリリースを行い、主要一般紙でも報道され注目されました(2005年11月)。その後、企業との共同研究も実施されたと聞きます。触媒成績 については、例えば、公開シンポジウム講演(2006年)では、ベンゼン転化率9.9%、フェノール選択性90%で、「過去30年間の研究例の中で突出し た世界最高触媒機能」とあります。また、化学経済誌(2010年)では、転化率10%、フェノール選択性94%と述べられています。プレスリリース直後に 発表された、Angew. Chem. Int. Ed., 2006, 45, 448-452の記述を見ますと、「CVD法で調製したRe触媒において、転化率6%、選択性82%を得た」との記載があり(対応するデータも論文中の表 に含まれています)、この結果がプレスリリース等の内容に相当すると推定されます。ただし、接触時間が通常の条件よりはるかに長く、ターンオーバー数は1 時間に数回程度で非常に小さい(触媒活性が非常に低い)点に違和感があります。
そこで、以下に述べる論点、つまり、(1)大量に共存するアンモニアの役割、(2)実験の妥当性、再現性、(3)活性な触媒クラスター構造、について、公開討論を提案いたします。

論点(1) 本研究において極めて重要な問題は、大量に共存するアンモニアの役割です。もし、アンモニアが還元剤として酸素を活性化しているのであれば (共存するアンモニアの大部分は酸化していると思われます)、既知の反応群に属することになり、新規性は非常に乏しくなります。そして、この成績は決して 優れているとはいえません。これに対し、岩澤氏らは、アンモニアは触媒クラスター構造の安定化剤であり、還元剤ではないとして、アンモニアによる活性クラ スター構造への転換を提示しています(Angew. Chem. Int. Ed.中の図を簡略化して下記の式で示します)。これが事実であれば、成績が画期的でなくても本触媒反応の新規性はあるかもしれません。しかし、アンモニ アが還元剤になっていないとの説得力のある証拠は提示されていませんので、新規性があるとはいえないと思います。
本反応においては、科学的にも実用上も大量に供給するアンモニアの挙動が決定的に重要です。肝心のCVD法で合成したRe触媒反応系におけるアンモニアの 挙動について討論を希望します。酸素の活性化機構に詳しい方の見解を伺いたいと思います。なお、この点に関しては岩澤氏らや触媒学会などからのさらなる データの開示が望ましいところです。

論点(2) 最近になって、同氏らによるベンゼンの選択酸化に関する研究結果がChemCatChem, 2013, 5, 2203-2206  に報告されましたが、主な対象はPt系触媒であり、問題となっているRe触媒に関する記載は少なく、とくに、先に高性能を主張した「CVD法で合成した Re触媒」については、本文中にデータがばらつくとの記述があるだけでデータはなく、含浸法Re触媒による極めて低い成績が報告されているのみです。肝心 の触媒のデータが示されていないことは、先の結果は再現しないのではないかとの疑問もわきます。なお、ChemCatChem誌報告の主対象であるPt系 触媒がベンゼンのフェノールへの選択酸化に対し水素と酸素の共存下で好成績(例えば、フェノール選択性;ほぼ100%、気液相バッチ法)を与えることは知 られています。
以上、2006年にAngew. Chem. Int. Ed.に報告された高成績について、実験法や解釈が不適切であった可能性がありはしないか、これが論点です。例えば、分析法に関して、先の触媒討論会で指 摘されたように、TCD(熱伝導度検出器)でArキャリア中のCO2を精度よく定量すること、FID(水素炎イオン化検出器)でアンモニアを定量するこ と、は不可能ではないでしょうか。そしてこのことはフェノール生成量の測定に大きな影響があるのではないでしょうか。

論点(3) Reクラスター構造(Re8面体の陵共有ダイマーで、各8面体の中心に窒素原子が存在)が示されていますが(式(1)及び添付参考図)、その 妥当性について議論したいと考えます。結晶性のゼオライトであっても当該Reクラスターが細孔内で均質に生成するとは考えにくいので、EXAFSによる構 造解析は困難ではないでしょうか。そもそも、仮にアンモニア共存下であっても、このようなクラスター構造が安定に存在するのでしょうか。ご意見を頂きたい と思います。


      CVD                 NH3                                      NH3  
Re(CH3)O3  →   [ReOx]2/HZSM-5   →    Re10(N)2O6¬-O3-HZSM-5 → Re(O)3-O-HZSM-5    
(1)
                                  
                                     O2
                                    
ご意見の送り先 koukai.touron23@gmail.com
件名には 「A原稿 003」とご記入の上,添付ファイルあるいはメール本文へのベタ打ちでお送り下さい。





3−1                                                        坪井吾朗(正会員)

原著論文はしっかりと読んでいないのですが以下の反応機構は考えられないでしょうか?

4NH3 + 4O2 → 2N2O + 6H2O ・・(1)
N2O + C6H6 → C6H5OH + N2 ・・(2)

特に反応式(2)は、触媒をうまく選定すれば反応が進行する事は知られておりますから。
これに対するご意見を頂けたら幸いです。





3−2                                                        岩澤康裕(正会員)
 第1 回目のSMSI のテーマ討論とは全く異なり、第2回と第3回目は私の研究・論文を標的としてのウエッブ公開討論設定であり、いずれも同一の3名によるもので、しかも、公 開討論に記載の内容は、科学的根拠の乏しい一方的な推論に基づきネガティブな印象を与えるようなものとなっていることを最初に指摘したい。以下、関係論文 のCorresponding authorとして回答する。

 Re触媒のフェノール合成関係の論文は、R. Bal et al. Angew. Chem. Int. Ed. 45, 448 (2006)、M. Tada et al. J. Phys. Chem. C 111, 10095 (2007)、T. Sasaki et al. Topics Catal. 52, 880 (2009)、M. Tada et al. Phys. Chem. Chem. Phys. 12, 5701 (2010) 等に掲載され、反応データに加え、XPS, 固体NMR, XAFS, TPD等当時のできる限りのキャラクタリゼーションを行い、DFT理論計算もあわせて総合的に考えて、活性構造およびアンモニアの役割、反応メカニズムを 細かく議論した。NH3+O2の代わりにN2O、H2+O2、CO+O2な どを酸化剤とするとフェノール合成は進まないことも報告した。また、触媒討論会や研究発表会、国際会議などでも発表し討論を行ってきた。Dr. Raja Bal(現在、インド国立石油研究所主任研究員)らの上記論文が発表された後、その翌年9月、Dr. Xindong Mu(当時東大特任助教; 現在、中国青島の中国科学院青島バイオエネルギー・バイオプロセス技術研究所教授)がRe触媒をより高活性化することを目指して研究を開始し、まず同様の CVD調製法でRe/ZSM-5触媒を調製しフェノール合成反応を行い、Dr. BalらのAngew. Chem. Int. Ed.の結果(TOF: 83.8 × 10-5 s-1)をほぼ再現(TOF: 82.1 × 10-5 s-1)している。これらも国際会議にて報告しているし、触媒討論会(触媒, 54, 147 (2012))でも言及している。

 CVD-Re/ZSM-5触媒の調製と活性に限界があり、気相ワンパス 流通系において種々触媒検討の結果、低活性・低選択性でしかない含浸法Re/ZSM-5触媒にPtを添加することで著しく活性・選択性が増大することを見 いだし、さらに、ゼオライトをZSM-5からβにするとPtだけで(Pt/β触媒)フェノール選択性の高い(78-94%)性能を示すことを見いだし、そ れらの結果をL.Wang et al. ChemCatChem 5, 2203 (2013)に報告した。活性は同種の選択酸化反応の文献値等と比べてそれ程低いということは無い。Pt-Re/ZSM-5やPt/β触媒では、NH3はCVD-Re/ZSM-5とは別の役割を持ち反応メカニズムが異なることも報告した。すなわち、CVD-Re/ZSM-5では、最初、Re7+モノマーがCVD固定化された触媒が調製されるが、このものはベンゼン+O2もNH3+O2も反応しない不活性触媒であるが、NH3処理により活性Re3-4+クラスターへと転換され、ベンゼン+O2からフェノールを生成する触媒特性が生まれる。提案した10核のReクラスターが反応条件で安定に機能することはDFT計算によっても示されている。Reクラスターは触媒反応中、過剰のO2により次第に不活性Reモノマーに変換されていくのでそれを活性クラスターに戻すためにNH3が必要となる。定常状態では両反応の相対速度により活性Reクラスター濃度が決まり活性も決まることになる。詳細は上記文献を読まれたい。一方、Pt/β触媒では、活性構造はSTEM、XAFS、DFT計算などによればPtクラスターであり、NH3の役割は活性構造を作るのではなくフェノール合成反応にコミットすると考えている。Pt/βやPt-Re/ZSM-5では、2成分反応であるベンゼン+O2からは完全酸化生成物CO2+H2Oのみが生成し、NH3+O2からはやはり酸化生成物N2+H2Oへと転換されてしまうが、それらの3成分反応ベンゼン+O2+NH3ではベンゼン完全酸化が著しく抑えられNH3酸化も抑制され高選択的にフェノールが得られる特徴を持つ。DFT計算によれば、Ptクラスター上でベンゼン、O2、NH3の3成分反応(実際にはベンゼンは飽和吸着)が進行しPt-O-C結合を持つ中間体を経てフェノールが合成される。これらの触媒でもN2OやH2+O2ではベンゼンからフェノールはほとんど生成しない(ChemCatChem(2013)参照)。

 また、NH3消費を抑える条件を検討したところ、低温での第1段プロセス(ベンゼン+O2+NH3)と高温での第2段プロセス(ベンゼン+H2O)から成る2段階プロセスにより、高選択性を維持しつつNH3分解消費が相当低く抑えられることも見出した(ChemCatChem (2013)参照)。さらに、Supporting InformationにGC生チャート、分析法を含めて種々追加説明もした。分析法としてHeキャリア―ガスTCDおよびFIDガスクロによるNH3定量或いはTCDガスクロによるCO2定量を用いているが、いずれも検量線が十分な感度で求められている。反応条件によってはArキャリア―ガスTCDガスクロによるHe内部標準も使って定量したが特に差は見られない。Arキャリア―ガスTCDガスクロはH2生成有無のチェックにも用いた。なお、Pt触媒(Pt/V2O5/SiO2)は気液相バッチ反応ではH2-O2による酸化でフェノール選択性100%と討論提案に記述されているが、それはH2O2を活性種とする酢酸中での反応であり(T. Miyake et al., Appl. Catal. A: General, 131, 33 (1995))、H2-O2-benzene気相流通系ではPt系触媒はフェノールをほとんど合成せずH2H2Oに酸化されるだけであり(ChemCatChem(2013)参照)、本気相流通系を気液相バッチ系と単純に比較することは適切でないし、研究の目的も異なる。



3−3  御園生 誠(名誉会員),田中虔一(非会員),難波征太郎(正会員)
 3−2の回答の中の多くは、当方があげた論点とは関係なく、全体としてむしろ再現性及び分析法の妥当性は否定されたものと受け取れる内容です。そこで、建設的な討論を可能にするための前提として、論点にとって重要な以下の点を明らかにして下さい。
(1)    実験事実の確認とその再現性 
 我々が討論の対象としているのはCVD法
で調製した Re/ZSM-5触媒の性能です。この触媒について再現性が報告されたとする国際会議の報告に書いてある内容をその書誌事項とともに開示してください。も しプロシーディングにアクセスしにくい国際会議の場合は論文コピーの提示をお願いします。なお、これを第三者による再現実験といえるかは疑問です。また、 回答に述べられた触媒誌(触媒討論会)の報告には該当するデータはありません。さらに、ご自身の最近の論文(ChemCatChem, 2013)に再現性が乏しいと書かれていますし、上田、春田氏(当時の会長、前会長)の最近の解説(触媒、2013, 55(5),318)は、本件についてページをさいて論評し、Re/ZSM-5触媒の活性が極めて低いこと、転化率の低い場合の分析法、物質収支に注意が 必要であることを述べています。これらは当初のご主張の危ういことを示しています。
(2)    分析法と物質収支 
 アンモニアの定量分析を、FID検出器付きガスクロマ
ト グラフを用いても行ったとのことですが、アンモニアはFID検出器に原理的に不活性です。なお、アンモニア流出、燃焼による水素炎の乱れによりゴースト ピークが現れることは容易に推定できますが、このゴーストピークを用いたアンモニアの定量分析には信頼性はありません。反応における窒素バランスはTCD 付きガスクロマトグラフで内部標準のHeとNH3、N2を定量すれば得られると思いますが、炭素バランス、およびベンゼンの転化率とフェノールへの選択性 はどのような定量分析と計算によって決定しているのか2006年および2013年の論文について開示願います。

 上記の上田、春田氏の触媒誌解説は、内容を鑑みるに触媒学会の(半)公式的見解であろうと推察されます。本テーマに対する触媒学会の見解をお持ちでしたら、その根拠を含め、具体的に提示して下さい。




3−4      触媒学会
 公開討論会テーマ3における討論意見3−3のなかで、触媒学会の当該反応 に関する再現性等に関する見解、およびその具体的根拠を示していただきたいとの要望がありました。触媒学会は、触媒科学の発展に寄与するとともに、会員全 てに平等に奉仕すべき立場ですので、客観性・中立性を保ったうえでご要望に以下の通りお答えいたします。

 触媒学会会員の中には、本反応を含め選択酸化触媒反応を専門分野とし、当該分野に高い見識と経験を有する会員が多くおります。その中で触媒学会の依頼に よりPt-Re/ZSM-5 触媒の再現実験を行って頂いたグループが複数あります。また、その実験手法・実験結果は独立した有識者により検証頂いております。

 その結果と、岩澤氏らの論文, ChemCatChem, 2013, 5, 2203-2206中のTable 2の結果を比較しますと、フェノール生成速度や、収率に実験ごとの差異は認められますが、基本的には類似の反応が進行することが確認されたと判断されま す。ただし、再現実験においては、フェノールの単流収率は1%未満であり、消費されたO2はほぼNH3酸化反応に使用されたと考えられます。
また、触媒学会は、本公開討論会のテーマになっている触媒を含む一連の触媒の中で、第102回触媒討論会(4I16, 2008年,名古屋)等で報告されたPt-Re/ZSM-5触媒が最も優れたものの一つと判断し、岩澤氏らがAngew. Chem. Int. Ed., 2006, 45, 448-452で報告されましたRe/ゼオライト系の触媒に関する再現実験等に関するデータは有しておりません。

 本公開討論会のテーマである選択酸化反応に関しては、反応解析を注意深く行う必要があります。触媒学会の機関誌、「触媒」, 2013, 55(5), 318-320に掲載された上田渉、春田正毅両氏による「気相選択酸素酸化反応研究に関する一考察」という解説記事は、当該研究分野で高い知見を有するお二人の研究者により、実験データの解析や解釈について、会員各位に注意を喚起したものです。

 今回の触媒学会からのコメントが、本公開討論テーマのより有意義な議論に資することと、当該研究領域で研究がさらに進展することを期待致します。




3−5                                                        岩澤康裕(正会員)
 3−2で回答しているように、Dr. Raja Bal(当時東大特別研究員、現在、インド国立石油研究所主任研究員)et al., Angew. Chem. Int. Ed. 45, 448(2006)に報告した結果は、その翌年にDr. Xindong Mu(当時東大特任助教(当時東大特任助教; 現在、中国青島の中国科学院青島バイオエネルギー・バイオプロセス技術研究所教授)による追試によりほぼ再現されている(触媒討論会(触媒, 54, 147 (2012))でも言及)。2013年4月のアメリカ化学会(招待講演)において講演中紹介した結果を以下に抜粋する。(B)がDr.BalらのAngew. Chem. Int. Ed. 論文記載データであり、(M)がDr.Muの追試データである(前回2.2wt%と0.65wt%を説明なく併記してしまいお許し下さい)。触媒Re/ZSM-5は0.2 g、2種類のSiO2/Al2O3比のZSM-5、反応温度は553Kで、TOF、Selec.、Yieldはいずれも気相流通系ワンパス反応での値である。
(B):
SiO2/Al2O3=19; Re=0.6 wt%;TOF=65.6 × 10-5s-1; Selec.=87.7%; Yield=1.1%,
(M):
SiO2/Al2O3=19; Re=0.65 wt%; TOF=82.1 × 10-5s-1;Selec.=71.0%; Yield=1.1%,
(B):
SiO2/Al2O3=19; Re=2.2 wt%; TOF=83.8 × 10-5s-1;Selec.=82.4%;Yield=4.8%,
(B):
SiO2/Al2O3=24; Re=0.6 wt%; TOF=36.2 × 10-5s-1; Selec.=68.0%; Yield=0.5%,
(M):
SiO2/Al2O3=24; Re=0.65 wt%; TOF=35.0 × 10-5s-1; Selec.=41.0%; Yield=0.3%.
Angew. Chem. Int. Ed. 報告のTOF、選択率、カーボンバランスの計算の基となる各物質分析は以下のように行われた。まず、FID-GCでベンゼン、フェノール、アニリン等、TCD-GCでO2、NH3、CO、CO
2等の検量線(モル単位)を引いておく。次に触媒詰めない反応管に反応条件組成反応ガスを流しサンプリング(ループ管1 mL)し、FID-GCでベンゼン、TCD-GCでO2とNH3を分析定量し1 mL管の供給反応ガスモルとし、その後、触媒をセットして反応を開始し、1 mLループ管を通して両GCにサンプリング導入し、TCD-GCで生成CO2量を分析、FID-GCでベンゼン量とフェノール量を分析する(アニリン等生成無し)。供給ベンゼン量と測定ベンゼン量の差が消費ベンゼン量とした。消費ベンゼン量はフェノール量とCO2量/6の合計にほぼ対応し高いカーボンバランス(論文記載値97-99%)を示した。TOFは(フェノール量+CO2量/6)/s/Re量、選択率はフェノール量/(フェノール量+CO2量/6)(×100%)、カーボンバランスは(測定ベンゼン量+フェノール量+CO2/6)/供給ベンゼン量(×100%)として求めた。一方、ChemCatChem 論文ではそれに加えて内部標準法、両GCでの共通物質NH3の分析(TCDNH3/FIDNH3=1.42)による方法を併用した。詳細は回答3−2および論文を参照されたい。



3−6  御園生 誠(名誉会員),田中虔一(非会員),難波征太郎(正会員)
公開討論が必要であることを再確認するため、当初述べた討論3の前提につき、その要点を改めて述べる。
『2005年11月、岩澤、唯氏らは、『30年の壁をついに越えた新型触媒の開発―分子状酸素によるベンゼンからフェノールの直接合成の道を開いた―』と 題した東京大学大学院理学系研究科プレスリリースを行い、主要一般紙でも報道され注目された。さらに、企業との共同研究も実施された。反応成績は、例え ば、2006年の公開シンポジウム(科研費特定領域研究(協奏機能触媒))の講演要旨で、「ベンゼン転化率9.9 %、フェノール選択性90 %で、過去30年間の研究例の中で突出した世界最高触媒性能を示す。」としている。この“画期的な触媒”Re/ZSM-5系触媒についての学術雑誌上での 初めての報告は、Angew. Chem. Int. Ed., 2006, 45, 448-452(以降当該論文と記す)と思われる。CVD法で調製したRe/ZSM-5系触媒の最高成績は、ベンゼン転化率6 %、フェノール選択率82 %と報告されている。ただし、反応速度は、通常流通系で行われる反応に比べはるかに遅い』

我々が、本反応における(1)大量に共存するアンモニアの働き、(2)実験の再現性、(3)活性種とされるReクラスターの実在性およびその作用機構につ いての公開討論を望んでいることは最初の3で述べたとおりである。特に大前提となる実験結果自身の再現性については、3、さらに3-3でも質問した。これ に対して、3-2の回答では、「同様な結果が国際会議で報告されている」と述べている。そこで、我々は当該国際会議Proceedingsの開示を要望し たが(3-4)、回答(3-5)ではこれに全くふれていない。かわりに、他の国際会議や学会等において口頭で報告したとする内容を示しているだけである。 すなわち、再現性があることを客観的検証が可能な形で示していない。
当該論文(Angew. Chem. Int. Ed.)では、上記のように、Re単独触媒でもフェノール収率は5 %程度であると報告している。その後の触媒討論会(触媒, 54, 147 (2012))では、Pt-Re触媒(直接の論点ではない)を用いるとフェノール収率は20 %を超えると報告している。ところが、最近のChemCatChem, 2013, 5, 2203では、Re触媒でのフェノール収率は1 %以下、Pt-Re触媒であっても数 %とある。以上のように、同一研究者の研究結果に整合性が認められない。当然、第三者による再現実験の報告はない。さらに、本公開討論3-4にある触媒学 会の見解では、Re単独よりも高活性なPt-Re触媒の場合でも、フェノール収率が1 %未満であり、消費された酸素はほぼ全量アンモニアの酸化に使用されているとしている。
我々は、実験結果の不整合が触媒の調製法の差異などによるとするには大きすぎるので、主な理由は分析の問題であると推定した(下記注参照)。このような低転化率の研究においては、触媒学会の見解に引用されている上田、春田の解説(触媒, 55, 318 (2013))でも述べられているように、転化分に限っての物質収支がとれた注意深い分析が不可欠であるが、これに関しては結果が示されていない。
従って、現段階では当該論文で報告しているフェノールの収率は信頼できないと判断せざるを得ない。

誇大宣伝を戒める会長メッセージは触媒誌にも平成23年(2011年)に掲載されている通りであり、本公開討論においても我々の疑義に対して適切に回答して頂くことは極めて重要と判断する。

以上述べた実験の再現性の欠如、および分析に関する疑義について、もし反論があれば伺いたい。なお、分析結果とそれから導かれた結論に多くの問題があると 述べたが、実験現場により近い共同研究者(唯美津木氏ら)の見解もぜひ伺いたい。また、論点の中で重要なアンモニアの働きについて、岩澤氏らはRe二核ク ラスターの生成、安定化にあるとしているが、酸素分子の還元的活性化であるとするのが常識的な解釈であろう。ただし、後者の場合はこの研究の新規性はな い。この点については、酸素分子の活性化に造詣の深い専門家の見解を伺いたい。

(注)分析法の問題点について
@ 当該論文(Angew. Chem. Int. Ed., 2006, 45,
448)における生成物分析法の詳細は不明であるが、その後の触媒討論会(触媒, 54, 147 (2012))における発表では、O2, NH3, CO2を、Heを内部標準とするArキャリヤーガスのTCDガスクロを用いて、ベンゼン、フェノールおよびNH3を、FIDガスクロで定量分析したとしている。これらの分析法については、前記触媒討論会の討論の中で、FIDガスクロを用いたNH3の定量、およびArをキャリヤーガスとしたTCDガスクロを用いたCO2の定量は不適切であるとの指摘があったが、これに対し、単に分析したと答えるだけで説得力のある具体的方法の説明はなかった。
A 最近の報告ChemCatChem, 2013, 5, 2203では、TCDガスクロのキャリヤーガスはHeになっており、定量は絶対検量線法によったと推定される。なお、この報告におけるフェノールの収率は、いずれの触媒においても、以前の報告に比べてはるかに低い。
B 3-5の回答では、当該論文における分析について、キャリヤーガスは記載されていないが、TCDガスクロで
O2, NH3, CO2を、FIDガスクロでベンゼン、フェノールを絶対検量線法で分析したと述べている。Aで述べたChemCatChem, 2013, 5, 2203でも、同様に絶対検量線法で分析したとしているが、TCDガスクロのキャリヤーガスはHeである。一方、この二つの報告の間に発表された@で述べ た触媒討論会では、TCDガスクロのキャリヤーガスとしてArを、内部標準としてHeを用い、内部標準法で分析している。このように、分析法を大幅に変え るということは分析法に問題があったのではないか。
以上のように、2006年発表の当該論文、2012年発表の触媒討論会、2013年発表のChemCatChemの論文をみると、分析法、特にTCDガスクロの使い方には大きな変遷が見られるが、3-5の回答はこの変遷を正しく述べているとは思えない。内部標準法をなぜ精度の劣る絶対検量線法に変えたか、ArキャリヤーガスでCO
2を定量したり、FIDガスクロでNH3を定量するという非常識な方法をなぜ用いたかなど、最も重要であるはずの分析結果について、不明な点が多い。少なくとも当該論文(2006年)や触媒討論会(2012年)に報告されている結果は、フェノールの収率に整合性がなく、信頼性がないと言わざるを得ない。
ちなみに、触媒討論会(2012年)において、前処理したRe触媒を用いると、ベンゼンと水から触媒的に(触媒中のReの物質量より遙かに多い)フェノー ルと水素が生成すると述べているが、この反応は熱力学的に極めて不利な反応であり、報告のように触媒的に進行することはあり得ない。むしろ、定量分析が不 適切であることの証拠と見るべきであろう。




3−7                                                        岩澤康裕(正会員)

 これまで同一質問者/提案者によるそれぞれの質問について回答(3-2、3-5)してきたが、質問の中で一方的な憶測や理解に混乱があるように思われる。繰り返しになるが簡単に概説し、分析計算法についても述べる。
 我々は、CVD Re/HZSM-5 (SiO2/Al2
O3比=19のHZSM-5を文献に基づき調製し使用)触媒が、ベンゼンから酸素分子を用いた1段気相フェノール合成反応に全く活性を持たないがアンモニア共存により、約80-90%の高選択率でフェノール合成が進むようになることを見出し、Angew. Chem. Int. Ed. (2006) (Dr. R. Bal (現在インド国立石油研究所研究員・分野ヘッド)et al.)に報告した。その活性、選択率は回答(3-2)の中で述べたように、1年後にDr. X. Mu(現在中国科学院(青島)教授)により独立に追試・再現されており、国際会議で発表されたその追試データを開示した(3-5)。それらのフェノール合 成の転化率、選択率、Cバランスの分析法についても質問に回答(3-5)した。このCVD触媒はSiO2/Al2O3=19 の結晶の質に敏感で調製に熟達が必要なので、また、種々条件を変えても論文以上に活性を向上させる方策を見つけることができなかったため、別の触媒系の探 索研究に移り、Pt/βおよびPt-Re/ZSM-5ゼオライトを新たに見出した。これらの触媒のフェノール合成反応を種々の調製条件の触媒や反応条件で 調べ、2008-2012年にかけて数回の口頭発表を行ってきた。これらの研究途上で最適条件ではかなりの活性と高い選択性を示していたが(これらのデー タは触媒探索の途中でキャラクタリゼーションも終了していなかったため論文発表は行っていない)、ゼオライトロッドが変わった以後、再現性がとれなくなり 困惑したが、全てのデータを取り直し、DFT計算での反応経路とメカニズムを含め(Bz-O2-NH3の定常反応とBz-O2-NH3/Bz-H2Oの交互反応の二つの反応様式)、ChemCatChem (2013)にPt/βおよびPt-Re/ZSM-5の初めての論文を発表した。論文には再現性が取れなかったことも言及した。ChemCatChemで は特任教員2人と院生1人の独立の3つの触媒反応装置(いずれもFID & TCDガスクロ付;各1 mLサンプリング)による反応データを報告した。ガスクロ分析には既に回答済み(3-2)の分析法を用いた(クロスチェックも兼ねて用いた異なる分析法間 での分析結果はほぼ一致した)。また、実験の目的の違いにより一部の反応分析には内部標準法も使用した。以下に、ChemCatChemのほとんどの反応の分析に使用した典型的な二つの分析法(絶対検量線法)による転化率、選択率の計算式を示す。いずれも検量線は直線性を示しその範囲で定量に用いている。
(1)C
O2を用いた定量法
Bz-O2-NH3反応系:CO2生成量=ACO2FCO2/(ANH3FNH3+2AN2FN2) × (NH3供給量)
Bz-O2-NH3-He反応系:CO2生成量=ACO2FCO2/AHeFHe × (He供給量)
ただし、Aはピーク面積、Fは相対感度
Conv.(%) = (phenol +
CO2/6)/(unconverted benzene+phenol + CO2/6) x100
 ={Xphenol・(benzene供給量-
CO2生成量/6) + CO2生成量/6}/{(Xbenzene + Xphenol)(benzene供給量 - CO2生成量/6) + CO2生成量/6 } x100
Selec.(%) = phenol/(phenol +
CO2/6) x100
=
Xphenol × (benzene供給量 - CO2生成量/6)/{Xphenol(benzene供給量 - CO2生成量/6) + CO2生成量/6} x100
ここで、Xbenzene= AbenzeneFbenzene/(AphenolFphenol +
AbenzeneFbenzene)、
Xphenol = AphenolFphenol/(AphenolFphenol + AbenzeneFbenzene)
(2)
NH3を用いた定量法(NH3は99.9995%純度;主な不純物はH2OとN2
係数 f =FNH3(TCD)/FNH3(FID)
ANH3(FID)/ANH3(TCD)(NH3によりFIDとTCDのサンプリング量補正)
Conv.(%) =( phenol + CO2/6)/(unconverted benzene + phenol + C
O2/6) x100
={(
AphenolFphenol+ ACO2FCO2f/6 )/( AbenzeneFbenzene + AphenolFphenol + ACO2FCO2f/6)} x100
Selec.(%)=phenol/(phenol + C
O2/6)x100
AphenolFphenol / (AphenolFphenol+ ACO2FCO2f/6) x100
 我々の研究結果は、ピュアレビューを受け Angew. Chem. Int. Ed.(2006)及びChemCatChem (2013)にそれぞれsupporting informationも含めて十分なデータを開示して論文掲載済みである。一部の偏った少数の議論でなく、国内外の世界の研究者が互いに科学的根拠を示 しデータを提示して論文上で建設的議論が成され、我々の研究を基にさらに新しい触媒が開発されることを期待したい。



3−8  御園生 誠(名誉会員),田中虔一(非会員),難波征太郎(正会員)
本公開討論で対象にしている論文(Angew. Chem. Int. Ed., 2006, 45, 448、以下当該論文と記す)に記載されているRe-CVD /HZSM-5の触媒性能について、再現性がないことを自ら認めた以上(ChemCatChem., 2013, 5, 2203、および回答(3−7))、具体的な数値で再現性(ばらつき)の範囲を明示することが研究論文として不可避的に重要と考える。ところが全くデータ を示していない。この「再現性」の問題が、「活性点構造」、「アンモニアの役割」と並んで本公開討論の核心である。画期的な高性能触媒を見出したとプレス リリース発表を行い、論文が査読付き論文誌に掲載されたとしても、再現性を具体的に示すことができなければ「科学論文としては不適格」と言わざるを得な い。公開討論で取り上げているこの問題は、今や一般社会における科学研究のあり方として重大な問題となっている。改めて、科学研究における誠実さと謙虚さ の重要性を訴えたい。

なお、再現性がないと認めながら、他方でDr. X. Muにより追試・再現されたと主張している。この報告は以前に貴回答(3−2)において引用された国際会議のProceedingsであり、我々の開示要 求(3−3)に対していまだ対応がないものである。なお、Dr. X. Muは、直前まで東大岩澤研の特任助教であったので、第三者による再現とは言い難い。
また、Re-CVD/HZSM-5の触媒性能を再現できないだけでなく、それより高活性であるとするPt-Re/HZSM-5系触媒(フェノール収率20%以上)の性能も、その後の上記論文(ChemCatChem. 2013, 5, 2203)でははるかに低くなっている(最高で10%)。さらに、上田、春田の解説(触媒、55, 147 (2012))によれば、第三者による再現実験を行ったところ、Pt-Re系触媒の性能はさらに低く、フェノール収率は1%程度(触媒学会によるコメント (3−6)では1%未満)とされている。このように触媒性能が一桁以上異なる理由を触媒調製法やゼオライト源、あるいは実験者に押しつけてみても、もはや 科学論文としての価値が問われる問題と考える。このことに対し研究者としてどのような対応をするのかを明らかにする義務があろう。

繰り返しになるが、分析法に関する我々の疑念は、今回の貴回答(3−7)にある計算式ではなく、反応物の検出法である。当該論文においては、アルゴンをキャリヤーガスに用い、ヘリウムを内部標準として、TCD検出器付ガスクロマトグラフでアンモニア、二酸化炭素、窒素を分析し、FID検出器付ガスクロマトグラフでベンゼン、フェノール、アンモニアを分析し、アンモニアを橋渡しとして定量を行っていると推定される。ついては、分析に関する以下の質問にお答え願いたい。
1.    3−7の式中にあるモル相対感度に対応するFx (x: NH3(TCD), CO2, N
2 NH3(FID), Benzene, およびPhenol)はそれぞれ当該論文ではどのような値だったのか?
2.    内部標準を用いた結果と、アルゴンの代わりにヘリウムをキャリヤーガスとして用い、絶対検量線法で求めた分析結果が合致していることから分析法は正しいと主張しているが、アンモニアはFID検出器で定量できないことは周知の事実である。(注)  たとえ検量線が直線を示そうと、原理的に不可能なことを含む分析を信頼できるとする根拠は何か?
3.    触媒討論会(2012年3月)で、アンモニアで前処理した触媒を用いると、ベンゼンと水から触媒的にフェノール(と水素?)が生成すると発表しているが、 この反応自身は平衡論的にほぼ不可能である。どのような反応機構を考えれば化学平衡論的に不可能なこの反応が可能になると考えるのか。分析の間違いによる とする方が常識的ではないか。もし、高い収率を主張するのであればその科学的根拠を示していただきたい。

(注)念のため、FID検出器によるアンモニアの定量可能性についてわが国のガスクロマトグラフ有力メーカーの担当技術者に確認し たところ、「アンモニアはFID検出器に対し感度はないが、水素炎中で燃焼するのでノイズとしては検出されることがある。しかし、定量分析には不適であ る」との回答であった。



3−9  御園生 誠(名誉会員),田中虔一(非会員),難波征太郎(正会員)
公開討論(3−8)で、分析上の誤りなどがあり、フェノール収率に再現性がないことを示しました。この点は、本ページにおけるこれまでの討論だけでなく、会長メッセージ、触媒誌総説に示された触媒学会の立場とも一致していると考えています。
ところが、先の意見(3−8)掲載から1年半経過しても反論がありません。このことは、岩澤氏らは再現性のないことを認めたものと解釈せざるを得ません。 再現性のないデータを用いて作成した論文は当然取り下げるべきと考えますが、これは著者及び学会の倫理の問題であり、もはや本公開討論にはそぐわないと思 います。したがって、上記を確認し、今回をもって、「3  Re触媒を用いたベンゼンの選択酸化によるフェノール合成」についての討論を終了したいと考えます。
学会員諸氏が、本件を教訓として、触媒研究の健全な発展のため、誠実な研究活動に努められることを祈念いたします。その意味で、本公開討論部会が、その趣旨にもとづき、触媒学会の貴重な学術討論の場として広く活用されることを期待します。



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